痛く切ない恋愛の10のお題
久しぶりに熱を出した。
子供の頃はそれこそしょっちゅう熱を出して寝込んでいたが、長じてからはそのようなことは少なくなった。
それでも、蒼白い病的な見目のせいで、周囲のものは己が虚弱だと勘違いしている。
普段は精々、それを利用させて貰っているが、稀に本当に熱を出すと、苦しさは子供の頃の比ではなかった。

長い間、魘されて
そして、
長い、夢を見た


「・・・徐将軍?」

目を開いて飛び込んできた顔に、司馬懿は不思議そうに緩く瞬く。
まだ意識がはっきりしないのか、常にないぼんやりした眼差しに、それでも徐晃は安堵の笑みを浮かべた。
唇に押し当てられた練絹から、冷えた水が滴り落ちる。
渇きのままに求めると、今度は目の前に杯に満たした水が差し出された。

「お起きになれるか?」
「ああ・・・」

背に差し込まれた腕に支えられて半身を起こし、透明な水をごくごくと飲み干す。
ようやく頬に色味が差してきた司馬懿は、一息つくと再び不思議そうに傍らの人を見やった。

「・・・まだ夢か」
「は?」
「徐将軍、なにをしておられるのだ?」

聊か不躾な問いにも、穏やかな笑みを絶やさないまま徐晃は水差しから追加の水を注いだ。

「司馬懿殿は三日三晩寝込んでござった」
「そうか」
「医師が、このままあまりにも熱が引かぬようなら命も危ういやも知れぬと」
「そうか」
「さ。まだ水分が足りませぬぞ。もっとお飲みくだされ」

差し出された杯を大人しく受け取って、司馬懿は僅かに眉を顰めた。

「・・・で?」
「はい?」
「答えになっていないようだが」
「ああ。だから、看病してござった」
「・・・将軍が?」
「次の戦、我が隊の指揮は司馬懿殿と伺ってござる。それに、医師が気脈の強い者が傍にいたほうが病には良いと」
「・・・・・・」
「僭越ながら、この屋敷の誰よりも拙者の気脈が強いと思われた。よって、看病仕った次第」
「それは君命か?」
「いいえ」
「では、曹丕様が?」
「いいえ」

僅かかに首を振る人を、未だどこかぼんやりとした眼差しで見つめた司馬懿は、ぽすりと枕に頭を落とした。

「夢が覚めぬか・・・」
「司馬懿殿?眠られるのでござるか?その前に、何か少しでも口にしてくだされ」
「ああ・・・」

いつになく素直な軍師の白い額に、絞り直した練絹を乗せて徐晃は椅子を立った。

「長い夢だな・・・何時終わるのか」
「・・・夢ではござらぬよ」
「ふぅん・・・夢は終わったのか?では、今度は終わりの夢を見ているのだな・・・」

小さな呟きは空気に溶けて、安らかな寝息がそれに取って代わる。

「・・・何を仰っているのか良く分からぬが、」

穏やかな顔色で再び寝入ったしまった人を見つめて、徐晃は少しだけ困ったように笑った。

「うわ言で幾度も名を呼ばれたと聞いては、お傍に参るしかないでござろう」

本当の答えは、もう問いかけた人の耳には届かない。
薄く開いた扉から、初夏の風が吹き込んだ。


長い間、魘されて
そして、長い、夢を見た

終わりがあるとは思われぬ、

怖いほど幸せな
覚めぬ夢