好きすぎる7のお題

【どうやら、君には依存症があるらしい】 (大戦司馬兄弟)

肌寒くて、目が覚めた。
傍らにあったはずの温もりを探して寝台を下りる。
少しだけ開いた扉から、淡い光の筋が伸びていた。

「兄上」

声をかける。
けれど、空を見上げる人は振り向かない。
灰色がかった髪や眸には、月光の蒼さが染み込んでいて。
それはまるきり、命のない人形のように見えた。

「兄上…」

再び声にして、手を伸ばす。
触れた肩先の温もりに、他愛もない安堵が込み上げた。

「…昭、手が冷たいな」
「兄上こそ、こんな場所におられたら、身体が冷え切ってしまいますよ」

強められた手の力に、冷えた身体の持ち主は抗わない。
ただ、じっと黙したまま。
月光が染み込んだ双眸が、片割れをひたと見つめ返した。

私は貴方に依存しているのです。
貴方が居なければ、世界などないのです。

けれど、少しだけこう思う。
それは、私だけなのでしょうか、と。

答えなど要らないから、問いかけることはない。
生きていくに必要なものは、ただこの腕の中に。




【俺以外見るんじゃねぇ】 (大戦獅子猿断金)

「綺麗だね」
「ああ、綺麗だなぁ」

赤く色付いた、五葉の木々。空の青色に、鮮やかなコントラストをなす。
傍らで熱心に見つめる眸は、それは楽しげ。
宝物を見つけたような、子供の眼差し。

「兄上、周兄!これを見て、すっごいきれ、」

声をあげた権が、言いざまに足を滑らせて派手に転がった。
慌てたように、駆け寄った周瑜は手を伸べて。

「大丈夫ですか、孫権様」
「うん、平気。ほら、これを見てよ、周兄。すごく綺麗な葉っぱだよ」

差し出されたのは、紅と橙が見事に入り混じった大きな落ち葉。
周瑜はその天然の色彩を見て、ひどく嬉しそうに微笑んだ。

「本当だ、とても綺麗ですね」

見つめあって満足げに笑う。
大切な弟と大切な人。
心温まる風景、それなのに。

「どうかされましたか、孫策殿?」
「うーん?」

隣に居た太史慈が、不審そうな顔をした。

「周瑜!」
「なに?」

歩み寄って腕を掴み。
不思議そうに見つめる貌を、正面からじっと見返した。
曇りなく澄み切った、琥珀の色彩をもつ眸。

「…どうかした、孫策?」

ああ、やっぱり。
この眸が、なによりも綺麗。
もったいないから俺以外見るんじゃねぇ、なんて。
さすがに、心狭くは言えないから。

「いや。やっぱおまえが一番綺麗だなと思って」

嘘ではない。
だが、その場に居た全員から、諦めに似た溜息が洩れた。

風が吹く。
紅が一葉、柔らかい髪にそっと纏った。




【相当侵食されていると思う、心の奥の奥まで】 (無双淵蝶)

放たれた矢が、真っ直ぐに的の真中を射抜いた。
どっと歓声が上がり、射手はそれに応えるように力強く手を上げた。

「さすがは夏侯淵殿!あの飛距離にあの正確さ!三国一の弓の名手でござるな!」

隣に居た人が、感心しきりに拍手を送る。
更にその隣にいる人は、黒羽扇の陰から切れ長い目を細めた。

「人間、なにかしら取り得はあるものよ」

素直に褒めることをしないのは、この軍師殿の常。
隣人と顔を見合わせて、ついくすりと微笑んだ。

「司馬懿殿、天邪鬼な仏頂面も素敵ですが、たまには素直な表情もお見せくださいな。せっかくの美しい顔(かんばせ)、もったいないですよ」
「美しい、などと言うな」

声をかけると、心底嫌そうな顔を向けられた。

「おまえの美の基準に、私を当て嵌めるのはよしてもらおう」
「何故ですか?」
「おまえの審美眼はおかしい」
「そのようなこと、今まで言われたことはありませんが…」
「そうでござるよ、司馬懿殿。張コウ殿の審美眼は、殿や甄姫殿もお認めのところではござりませぬか」
「とにかくおかしいのだ。理由を述べてやろうか?」
「はい?」

神妙に頷くと、神経質そうな手が、隻眼の従兄弟殿と談笑している人を指し示した。

「おまえは、あの、まるまるとした熊のような容姿を美しいというだろう?」
「はい」
「だからだ!」

言い切って、憤慨したように歩き出す。
その背を追いかけようとした徐晃殿は、振り向いて素朴に問いかけた。

「夏侯淵殿は素晴らしい武人でござるが、美しいという形容が合う方でござろうか?」
「ええ、とても美しい方だと、この国で一番美しい方だと、私は信じています」

答えると納得したように、深い頷きが返された。

美とは、己の心の基準。
奥の奥で根幹をなし、けして侵食を許さぬもの。
きっと、一昔前の自分なら、あの方を美しいとは評しまい。

けれど。

目線をあげる。
こちらを見ていた、丸い、真っ直ぐな目が笑った。




【目が合うと、どうしていいのかわからない】 (大戦ケ艾と郭嘉)

「これが全部地図なのか?」

室に入って開口一番。
壁一面に設えられた書棚と、溢れて卓子に積み上げられた書籍に目を向けて、黒衣を纏った人はその衣に劣らぬ黒い双眸を瞠った。
呆れられたかと思う。
実際その昔、子上殿も子元殿も、玄伯でさえ多少呆れた貌をした。
色も、趣きもない、まるで書庫のような私室。
客人を持て成すには、とうてい事の足りぬ部屋。

「急なお越しで、片付けもしておらず、お見苦しい処をお見せして申し訳ありません…」

拱手して頭を下げると、瞠目した眸が更に零れそうなほど見張られた。

「何故謝る?」
「え?」
「これがすべて地図なのだろう?おまえが長年精査して編纂した、この中華の地図なのだろう?」
「はい…」
「素晴らしいではないか。これほど有益なものは、そうはあるまい」

真剣な表情で書棚を眺めていた人は、おもむろに振り返って目を細めた。

「それに、士載」
「は」
「おまえが編んだものならば、なによりも信頼が出来ようもの」

真っ直ぐに見つめてくる。
深い闇のように黒く、それなのに、どこまでも澄んだ眸。
見つめられたなら、逸らすことなど出来はしない。
だが逸らさずとも、どうすれば良いのかさえわからない。
ただ、じっと見つめ返して。
見交わした視線に、胸のうちが伝わってしまうことを酷く恐れた。

「士載?」

首を傾げて瞬いた瞬間。
呪縛から逃れて、そっと息を吐いた。

「…軍祭酒」
「なんだ?」
「お気に召して頂けて光栄ですが、ここでは茶も出せません。どうか、ご移動ください」

少しだけ未練そうな表情を見せて。
それでも、黙って室を出る。

見交わした視線に、胸のうちが伝わってしまうことを酷く恐れ
伝わってしまえと思う己を、酷く恐れ

通り過ぎるその横顔に視線を投げて。
気づかれぬよう、静かに目を伏せた。




【好きなのに、どうして傷つけてしまうのか】 (大戦ホウ徳賈ク)

戦場に、目にも艶やかな将がいた。
名など問わなくても分かる。
西涼の錦。
諦観もなく、殿の御前を汚そうとする戯け者。
そして……

「文和さん?どうかしましたか?」

天幕の中。
覗き込んでくる顔が鬱陶しい。
手にした竹簡で額を押すと、不平そうに口を尖らせた。

「ほら、そーゆーコトしない。顔色良くないですよ?なんかあったかいものでも飲みますか?」
「鬱陶しい、黙れ、ホウ徳」
「黙ったら、休みますか?」
「しつこい」

やたらと長い足を蹴り上げてやる。
さすがに痛かったのか、青みがかった目に涙が滲んだ。

「痛〜っ!暴力反対っ!!」
「なら私の邪魔をするな」

出来るだけにべもなく言い放つ。
なのに、目の前の男は、急に真面目な顔になった。

「策に、変更が必要ですか?」
「何故?」
「馬超がいたでしょう…予定外だ」

感慨を見せずに、継がれる言葉。

「俺に提供できる情報なら、なんなりと」
「は!おまえの頭で理解できる情報など、カケラも必要ないわ!」

吐き捨てるようにして言い返し、
真摯にみえる双眸を睨み返した。

人一倍、感情の機微に聡い奴。
戦場で己に向けられた、視線の意味に気づかぬわけもあるまいに。

「私はおまえとは違う。裏切り者同士、似た者同士などと思われると不愉快だ」

竹簡を握り締めて立ち上がる。
口にした言葉が怖くて、顔を上げることが出来なくなった。


何時の間に降り出したのか。
天幕の外は、冷たい雨。




【アイツなんかに近付くな】 (蒼天張遼と郭嘉)

卓上に散らばった銚子は、数えるのも嫌になるくらいの量。
特に強いわけでもないのに矢鱈酒呑みな男は、片頬を卓子につけて既に夢現だ。
むずがって身じろぐたびに、柔らかそうな猫毛がふわふわと揺れる。
引っ張ってやろうかと手を伸ばしかけて、寸ででかけられた声に振り向いた。

「なんだ、もう潰れているのか、郭嘉は」
「殿」

立ち上がって拱手する。
瑠璃色の酒瓶を手にした主は、いつもどおりの喰えない笑みを浮かべていた。

「とっておきの酒を飲ませろと煩いから、わざわざ持って来てやったのに。大人しく待っていることは出来んのか」
「申し訳ありませぬ。幾度か止めはしたのですが」
「ああ、おまえの責ではない。コイツが勝手なのが悪いんだ」

ゴツンと。
容赦なく寝入る酔漢の頭を叩く。
きつく吊り上がった大きな目がぱっと開き、こちらを見据えると悪態をついた。

「何をする、張遼!貴様、この優秀な俺の頭をっ」
「…俺ではない」
「じゃ、誰だ!?」
「俺だ」

にやにやと主は笑う。
その顔をまともに見上げて、一瞬だけ言葉を詰めた郭嘉は、すぐまた膨れっ面になった。

「ご挨拶ですな、殿。優秀な軍師の頭脳を破壊するおつもりか」
「ご挨拶だな、郭嘉。せっかく極上の酒を持って来てやったと言うのに」
「え、」
「仕方ない。これは張遼にやるとしよう」
「え、そ、れは」

急に椅子を立つ。覚束ない足取りで、傍若無人にも主の袖を掴んだ。

「どうした、郭嘉?」
「それは、私のでしょう」
「さて?」

悪戯そうに目を細めた主は、瑠璃色の酒瓶を高く掲げて。

「張遼、受け取れ」
「殿!」
「欲しければ、張遼に強請ってみるんだな」

郭嘉の遥か頭上で、酒瓶は滞りなく己の手に渡った。
用は済んだとばかりに遠ざかる主の背を、歯噛みしたまま、大きな眸はいつまでも睨みつける。
酒瓶は既にこの手の中に。
だが、傍らの人の心は、行ってしまった人の上に。
酔いを目元に残しながら、軍師の貌となった男を横目に見て。
己にはない影響力を、羨む愚を封じ込めた。

無数に散らばる銚子よりも、
たったひとつの、瑠璃の瓶。




【多分自分は、彼に心底惚れている】 (無双徐司馬)

大斧を下ろして、額の汗を拭う。
快活に笑いかけられて、つい笑み返しそうになった。
思いとどまったのは、隣にいる無表情な武将のせい。
青龍刀を大事そうに掲げるその細い目は、何を考えているのか量り難い。

「お二方、ご苦労だった。次の展開までは待機をお願いする」
「承知でござる。だが、司馬懿殿」
「何か?」
「拙者にお手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けくだされ」

仏頂面を向けているはずなのに、返されるのは優しい笑み。
声に詰まって曖昧に頷くと、隣人は気のなさそうに言葉を添えた。

「私にも出来ることがあれば手伝おう」
「いや、結構だ、徐晃殿、張遼殿。お言葉だけ頂いておく」
「では、その荷物だけでもお持ちいたそう」

差し伸ばされる手。だが、

「徐晃!ちょっとこっち来て手伝え!」

隻眼の将軍の呼び声に、精悍な眉が八の字になった。

「申し訳ござらん、夏侯惇殿がお呼びのようだ」
「構わぬ。さっさと行け」

ぞんざいに言ったつもり。
なのに、やはり優しい笑みを返して、気の良い武将は駆け出して行った。
残ったのは、無表情一名。

「……」
「荷物、お持ちしようか?」
「いや、結構」

会話は切れる。
此処でこうしていても仕方がないので、そのまま立ち去ろうとした。
が。

「徐晃殿は、心底貴殿のことが大事なのですな」
「……」

目を向ける。
やはり無表情。

「…何か言いたいことでも?」
「いや、別に」

本当に、感情を読みとるのが難しい面(おもて)。
けれど、そこに嘲笑や侮蔑の色は見当たらなかった。
故に。

「…貴殿にはそう見えるか?」
「と言うと?」
「多分、心底惚れているのは私のほうだ」

細い目が瞠られる。
初めて動いた鉄面皮に、なんとなく溜飲が下がった気がした。
それでも、大した動揺を見せもせず。

「大事になされ」

なんのことかわからない。
一礼した歴戦の将は、おもむろに青龍刀を抱えて歩き出した。

頬に触れる。
己が言葉にした『想い』が胸のうちに還って。
火照った皮膚に、指先の冷たさがじんと沁みた。


お題配布元:rewriteさま