痛く切ない恋愛の10のお題
水面が紅蓮に染まった。
炎は天まで焦がす勢いで、黒い煙をたなびかせる。
忌むべき敵の断末魔。
そして、孫呉の末(すえ)を照らす灯明。
しかし・・・・・・。
長い黒髪を乱す風に、塵のような火の粉が舞い散った。

「周瑜殿!お下がりくだされ!」

強く引かれた腕に蹈鞴を踏む。
それでも尚、琥珀の眸は猛る紅蓮を映し続けた。

「呂蒙、我等の勝利だ」
「左様で」
「だが、これほどまでに赤い河は・・・この河はもっと・・・」
「周瑜殿・・・?」

馬の嘶きが一段とけたたましくなる。
掴まれたままの片腕に目線を落として、色味を失った唇が微かに笑った。

「この河は、蒼き空の色を映す美しき河だ。この雄大なる大河と遥かなる空に望みをかけ、私は久遠の夢を見た。伯符の好んだ、この稀なる景色に」
「・・・・・・」
「同じ景色は、二度と見られぬのだな」

温もりを移す掌が僅かに躊躇う。
だが、再び力が篭められると、今度こそ有無を言わさぬ力で後ろに引かれた。

「火の手が回ります!後は、甘寧らにお任せくだされ」
「ああ。分かっている」

燃え崩れる大船団を見納めるように、ひとつ、大きな双眸が瞬いて。

「諸葛亮を追う。後顧の憂いは断たねばならん」

傍らの馬に身軽く飛び乗ると、艶やかな衣を纏う武人は振り返ることなく駆け出した。


この炎は、天上にまで届くだろうか。
燃える大河は、逝きし人の目にも映るだろうか。
懐かしき腕の温もりと共に、胸に残る景色は今はあまりにも遠い。

「だが、まだ終わるわけにはいかないんだ・・・」

遥かなる未来など、もう何処にもありはしないと知って尚。

ただ、君を思い続ける。
冷たい紅蓮の炎に心を焼かれて。