痛く切ない恋愛の10のお題
青磁の杯に満たした酒に、爪で掻いたような月が映り込む。
漣に壊れゆくその姿を惜しむのか。
朧な明度を湛えた翡の眸が、ほんの僅か、細められた。

「殺されるなら、お前がいい」

吐息と共に零された言葉に、揺れる水面を見ていた目を上げる。
向けられた訝しげな視線を気にもせず、杯を持つ人は小さく笑った。

「お前になら、殺されても仕方ないと思える」
「いきなり何を仰るのですか。酔っておられますね」
「ああ、酔っている。だが、酔っていない。なぜなら、ずっと、思っていたことだ」

武人にしては造りの細やかな手が、くいっと壊れた月を飲み干す。
まるで、その月の色を溶かしたような、白々とした白金の髪。
淡い、褐色の艶を持つ肌は、過ぎた酒精に僅かに赤らんでいた。
決して漢人に馴染むことはない、異色に過ぎる艶やかな容姿。
目の端に映った自分の髪は、唯一、彼の人に似た色彩で。
知らずのうちに重い溜息を吐いていたらしく、猫のような翡眼が眇められた。

「不満か、岱?」
「不満とか、そういう問題ではありません」
「なに、心配するな。俺は曹操を殺るまで死なん。誰に負けるつもりもない。ただ、お前に殺されるなら、仕方ないと思うだけだ」
「私は、若を殺したりしません」
「ああ、分かっている」
「全然、分かっておられません!」

どんっと拳で床を叩く。
流石に大きく瞠られた目に、想いを込めた眼差しを向けた。

「若が何を思われようと何を為されようと、私が若を裏切ることなど有り得ません。鬱陶しいと思われるなら、若が私を殺してください」
「そんなことは出来ない。俺は、お前からたくさんのものを奪ってきた。これ以上、奪うことなど・・・」
「それは勘違いと言うものです。若は、いつでも私に居場所を与えて下さったではないですか」

澄み切った眸が、灯火に揺らぐ。
信じたものに裏切られ、許したものに欺かれ。
それでも尚気高く生き続ける人の、深く押し込められた心の澱。
泥濘(ぬか)んだ真闇の誘惑に、その傷口が開いて痛むなら・・・・・・。

「・・・でも、若。言葉を変えて下さるなら、私は貴方を殺しましょう」
「言葉?」
「殺されても仕方ない、のですか。それとも、殺されたい、のですか?」

小さく息を呑む音が、しんと静まった夜気に落ちる。
やがて、節だった長い指が、コトリと杯を床に置いた。

「お前が死んだら、俺は一人だ」
「・・・・・・」
「また、独りだ・・・」

空いた両腕を立てた膝頭に回して、胎児のように身を丸める。
晒された短い白金の髪が、震えるように微かに揺れた。
閉じられた目蓋は決して安らかではなく、罪悪感に胸が痛む。

「・・・おやすみなさいませ、若」

自分に似た、もう、自分しか似た者のいないその髪にそっと触れて。

「もしも私が死ぬのなら、その前に貴方を殺しましょう。修羅にしか生きようとせぬ貴方が、これ以上失わないですむように」

そっと唇を寄せる。
誰よりも尊き従兄のために、誰にも告げぬ誓いを込めて。


 貴方は、僕に殺されたいと思った

 僕は貴方に、すべてを捧げる