痛く切ない恋愛の10のお題
野営の天幕を飛び出した。
見張りに付いていた衛兵が、何事かと色めき立つ。
だが、その視線すら苛立たしいだけで。
黒羽扇を一振りすると、その場の動揺を一蹴した。
冬の夜気は身を切るように冷たい。
吐息は白く形を成し。
それなのに、己の額には厭な汗がじっとりと滲んでいた。
ぎりりと、羽扇を握る手に力が篭る。
騒動を聞きつけて現れた武将を、不快の限りの眼差しで睨みつけた。

「如何なされた、軍師殿」

ありありと心配を浮かべた表情。
それすらも苛立ちを募らせる一方で。
何も応えずに、再び天幕の中へ戻る。
戸惑う護衛兵らを手で制して、歴戦の偉丈夫は扱い難い軍師の後を追いかけた。

「お顔色が優れませぬな。医師をお呼び致そうか」
「いらぬ」
「では、なぜそう震えていなさる?」

黒い、夜闇よりも黒く穏やかな眸に、震える唇を押さえ込んで冷えた目線を向ける。

「なんでもない。持ち場へ戻られよ」
「このような状態の軍師殿を放ってはおけませぬ」
「ふ、徐将軍は人が悪い。それほどまでに私を笑いたいか」
「仰る意味が分かりませぬが・・・」

皮肉げな笑みを浮かべると、精悍な顔に困惑の色が広がった。

「・・・夢を見たのだ」
「夢?」
「そう。首が、落ちる夢」

黒羽扇の陰でくすりと笑う。
僅かに瞠られた眸は、次の瞬間、強い光に引き締められた。

「そのようなことにはなりませぬ」
「さぁ、どうだか」
「軍師殿!」
「もし・・・もし、そうなったら将軍は如何する?」
「そのようなことにはなりませぬ」
「仮の話だと思え」

依怙地なほどに真剣な貌に、意地悪く薄笑いを返す。
納得いかぬと言うように、それでも、生真面目な将軍は重々しく答えた。

「貴殿は我が軍になくてはならぬ方。狼藉を働いた輩は、生きて陽の目を見ることはないでござろう」
「・・・・・・」
「だが、そのようなことにはなりませぬ。軍師殿、どうかお心を煩わせますな」

真っ直ぐに見つめてくる目を、逸らさずに見返す。

「・・・ああ、そのようだな」

貼り付けた笑みを収めて、軽く息を吐き。
もう分かったと言うように、気だるげに扇を振った。
深く拱手して出て行く大きな背を見送って。
捲れた垂れ幕の向こう、僅かに覗いた夜闇に目を閉じる。

「私が死んでも、泣いてはくれぬか」

薄い肩が、痙攣に似た笑いの振動に震えた。

「だがな、徐将軍・・・・・・落ちたのは、私の首ではないのだ・・・」

目蓋を上げる。
身に染む冷気に、零れた冷笑が白く凍って消えた。


私が死んだら、泣いてくれますか?

貴方が死んだら、私は、きっと・・・・・・