厳寒
吐く息は外気に触れた途端、白く濃く形を成す。
赤く染まった指先にいくらその吐息を吹きかけようと、暖を感じることなど出来もしない。
馴染んだ、厳寒の冬がやってきた。
感覚の薄い手で奏上の書簡を握り締めていた荀ケは、ふと、回廊から雲の厚い空を見上げた。
薄く光の透ける、灰色の空。

「あっ!」

小さな歓声を上げて、童子(わらし)のように欄干を飛び越える。
大事の書簡は袂に仕舞われ、小柄な身体は天へとめいっぱい伸ばされた。

「雪だ、雪だ、初雪だ!」

白い綿帽子が、伸ばした指先にふわりと触れる。大きなそれはすぐには溶けず、ほんの僅か、結晶の形を人の目に晒した。

「どうして、雪は形が違うのかな…」

飽くことなく、舞い降りる雪を追いかける。綿帽子はだんだんとその数を増し、朝服や冠に白の濃淡を施した。

「荀ケ殿、上奏に行くんじゃなかったのか?」

不意にかけられた、呆れたような声音。
振り向いた荀ケは、欠けた歯を見せて満面で笑った。

「うん。行こう!」
「行こうってあんた…」
「どうせ郭嘉を待つことになっていたんだ。ここで会えてちょうど良かった!」

柔い猫毛に積もった雪もそのままに、むっすりと吊り上った目が眇められる。
寒いのが苦手なくせに、わざわざ回廊からここまで出てきた人を、荀ケは楽しそうに見返した。

「ねぇ、郭嘉。どうして雪の形が違うのか知ってる?」
「知らん。知っていても、戦では役に立ちそうにない」
「あはは、それはそうだけど。でも、雪の形が違うように、それで作る雪玉も、それぞれ形が変わったら素敵だろうにね」
「そんな変なことを考えるのはあんたくらいだ。雪玉は丸でいい」
「そうかな」

並んで歩きながら、降り積もる雪を払っていく。真っ白なそれは、儚く溶けながらも淡い光を弾いた。

「殿に言ったらどうだ。あの方なら、あんたの意見を面白いと賛同するぞ」
「そうかな。なんだ、郭嘉は反対なの?」
「反対とか、そういうわけでは、」

元居た回廊へ辿り着く。欄干に手をかけた荀ケは、再び身軽く飛び越えた。

「この雪が積もったなら、三人で雪合戦をしよう。殿と郭嘉と私とで」

差し伸べられた、赤く凍えた手。
一瞬、躊躇うように渋面をつくって。

「冗談じゃない。それでは、あまりに分が悪すぎる」

同じように凍えた手が、微かな温もりを握り締めた。


身に馴染んだ、厳寒の冬。
幾たびめぐり来るかなど、疑義にすら思わずに。