
朧な翳みの向こう
黒き騎馬が、群がる兵を蟻のように蹴散らしてくる
長き得物が舞うたびに、咽るような血華が咲き乱れ
手を翳し見透かそうとも、その顔はどうしても焦点を結ばない
けれど
風に舞う、獅子のごとく猛々しい髪
見慣れた容(かたち)とは、その長さや色すら異なっていても
手を翳す
知らず笑んでいた己に、
鬼とも神とも知れぬ男は、紛うことなき笑みを返した
『 我 は 、
「張遼」
耳に届いた己の声に目を開く。
その途端、翳み切った世界は真昼の明るさと、意識の鮮明を取り戻した。
「郭軍師殿…張遼将軍をお呼びでございますか?」
傍らでいつもの薬師が控えめに問いかける。
それに唇を歪ませて、わざと憮然と返してやった。
「呼んだのではない。勝手に名乗ったのだ。相変わらず派手な男よ」
「はぁ」
病人の戯言と思ったか、薬師はそれ以上詮索してこない。
一人残された牀榻の上、夢と同じように手を翳した。
筋が浮いて見える痩せ細った掌。
けれどこの手は、何も生み出さなかったのではなく。
「俺の知略はお前の中で生きるか…」
悪くない、と口中に呟く。
垣間見た遠き未来。
共に歩むことは出来なくとも。