Happy Halloween
「何の騒ぎだ?」

丞相府へ向かう回廊の一角。賑々しく騒ぎ立てている見知った面々に、通りすがりの賈クは声をかけた。
声をかけてから、かけなければ良かったとすぐに後悔する。
心休まる二荀は良いとして、その他に程イクと楽進がいたのだが、彼らの恰好が極めて奇怪だったのだ。
ボロボロになった真っ黒なマントを羽織り、やたらと長く黒い皺くちゃの三角帽を被った程イクは、それでなくても縦長い印象を更にひょろ長く不気味に見せている。
片や楽進はなんのつもりなのか、ところどころ破けた上着と短筒を纏い、首には棘のついた太い首輪をつけていた。

「・・・お二方、その恰好はどうされたのだ?」
「ああ、賈ク殿、なかなかよい出来でしょう?今年の万聖節前夜祭の仮装用衣装なんですよ」

手前に居た荀攸が振り向いてのんびりと笑った。

「万聖節前夜祭の仮装・・・?」
「賈ク殿はまだこちらに来られて日が浅いのでご存知ないでしょう。毎年この時期に、曹魏では殿が万聖節用の仮装の意匠を考えて、公達がそれを仕立てるのです。全員と言うわけではありません。あの方の気紛れで毎年数名が犠せ・・・いや、衣裳を賜ります」

荀攸の傍らから、荀ケが柔和な面持ちで説明する。
以前より親しくなりたいと思っていた荀令君からの言葉に、賈クは大真面目に頷いた。

「殿が自ら意匠を考えられるのか?」
「あの方は、こういったことがとても得意なんです」

応じる荀ケは、少しだけ困ったような苦笑いを浮かべた。

「まだ製作途中なのですが、今年は程イク殿が魔法使い、楽進殿が狼男。あとは李典殿と徐晃殿がミイラ男、殿ご自身が吸血鬼です」

神妙に頷きながら、賈クは微妙な感想を胸に抱いた。
曹操自身が意匠した装束を賜れると言うのはとても魅力的だ。
しかし。
そこにいる二人のような珍妙な恰好をしなければならないなら、謹んで遠慮したい。
いったい、自身が吸血鬼とは、どんな仮装をするつもりなのか・・・。

「それから、あと、もう一人、」

説明を続けていた荀ケの声に、いきなり酷く不機嫌な声が重なった。

「荀攸殿、これはいったい何ですか?!」

振り返った全員の視線の先には、薄橙色の布を手にした軍祭酒の姿。

「何って、今年の郭嘉殿のご衣裳ですよ」

のほほんとした応えに、不機嫌な声音は一段と低くなった。

「間違いだろう。これは女物のようだが」
「いえいえ、間違っていませんよ。今年は殿が吸血鬼ですので、犠牲者の乙女が必要だとか」
「乙女・・・」

荀攸の口から漏れた言葉を、賈クは思わず復唱した。それを聞きつけて、黒檀の眸がギロリと睨みつけてきた。

「ともかく!そういう趣旨なら、誰か女性に頼めば良いだろう!」
「仮装だからじゃないでしょうか。女性では単なる盛装になると仰っていましたから」
「仮装じゃなくて、女装だがな」

言わなくてもいい一言を呟いて、賈クは再び郭嘉に睨みつけられる。
程イクや荀ケは平然としていたが、軍師の険悪な雰囲気を察した楽進は、可哀想なほどうろたえていた。

「賈ク殿こそこの装束を着たら如何か。貴方の目と髪の色は、西洋かぶれな吸血鬼の犠牲者に相応しそうだ」
「顎鬚のある乙女などいるか、莫迦莫迦しい。それに私は、他人に誂えられたものを着るほど酔狂ではない」
「そうだぞ、郭嘉。それはおまえのために誂えたんだからな」

円柱の影から、不意に曹操が現れる。
その出で立ちに、賈クは再度黙り込んだ。
長い赤茶の髪を首の後ろで固く縛り、立て襟のシャツに黒いリボンタイを緩く結んだ礼服姿。
にっと笑った口元からは、鋭く尖った二本の牙が見えていた。

「ああ、殿、ご試着は如何ですか?」
「悪くないな、荀攸。この牙など本当に良く出来ている!あとは裏地の赤いマントが必要だな」
「それもただいま準備しております」
「殿、今年もまた一段とふざけた恰好で」
「こら、郭嘉!おまえはまた不敬なことを、」

今まで控えめに脇にいた程イクが、慌てたように郭嘉の腕を掴んだ。

「なんだ、気に入らんか?我ながらいい線を行くと思うがな。まぁ、それよりおまえも早くそれを着ろ。荀攸が仕立て直せまい」
「結構です!」
「さっきも言ったが、それはおまえに誂えたものだ」
「私は去年もわけの分からぬ恰好をさせられました。何故、私だけ毎年このようなふざけた目に合わなければならぬのですか!」

自分に対していた時と同じ勢いで曹操に喰ってかかる郭嘉に、賈クは一瞬呆気にとられた。
だがすぐに、曹操を守るように体を割り込ませると、演技過剰気味に言い放った。

「先ほどから聞いていれば、言葉が過ぎるようだな、郭嘉殿。臣下であれば、殿からの賜りもの、名誉でこそあれなんの否やがあろうか。有難く頂戴するのが当然だろう」
「そう思うなら、貴方にやると言っている」
「分からぬ方だな。それは、私のものではない」
「賈クよ」

横合いから伸びてきた手が肩に置かれる。些か驚いた賈クに向かって、曹操は満面の笑顔を見せた。

「おまえの心意気確かに聞いたぞ。今年は間に合わなかったが、来年はおまえのその明るい髪と青い眸に合った衣装を必ず誂えてやろう」
「はっ・・・!」

曹操から思いがけぬ情の篭った言葉をかけられて、賈クは感動に目を輝かせた。その傍で荀攸はにこにこ笑っていたが、荀ケと程イクは気の毒そうな複雑な表情を浮かべた。
だが幸い、彼らの表情は賈クの視界には入っていない。
何の解決策も見出せず不機嫌が絶頂になっている郭嘉は、手にしていた衣装を楽進の手に押し付けてこの場からこっそり消えようとした。

「逃げるな、郭嘉」

目敏く気付いた曹操が、その襟首を引っ掴む。

「悪足掻きするとこの場でひん剥くぞ」
「そ、それが主君の言うことですかっ!?」
「郭嘉殿、とりあえず着てみてください。出来を見ないことには、私も困ってしまいます」
「・・・奉孝、もう諦めなさい。出来るだけ可笑しくならないよう、公達と私がなんとかしますから」
「そうそう、潔さも肝心じゃぞ、若人」

ずらりと周りを取り囲まれて、郭嘉はむっつりと唇を噛む。曹操は笑いをかみ殺しながら、周りに陽気な声をかけた。

「これ以上人目につかんよう室へ戻るか、荀攸。楽進、そのままその衣装を持って着いて来い。程イク、おまえのは裾が長いから、足捌きが上手くいくか気をつけるんだぞ」

毛を逆立てた猫の首根っこを引っ立てるように郭嘉を拉致すると、曹操は颯爽と踵を返す。
なんとも奇妙な一団は、すぐ傍の房へと消えて行った。

「・・・・・・ふう」

傍らの溜息に、賈クははっと我に返った。

「荀ケ殿。魏というところは、いつもこのように賑やかなのですか?」
「そうですね。主君の性格がああですから。万聖節の宴は、もっと派手になりますよ」
「殿は本当に色々な才能をお持ちなのだな」
「まぁ・・・それは、間違いないですが」
「来年は、私と荀ケ殿と、二人とも衣装を賜るといいですな」

敬愛する主君や荀令君と近しく会話を交わせて舞い上がり気味の賈クは、少し前まで自分が思っていたことをすっかり忘れていた。

「そう、ですね・・・」
「荀ケ殿はきっとなんでもお似合いだろう」
「そう、でしょうか・・・」

荀ケは穏やかな笑顔のまま言葉を濁す。
ではまた、と歩き出した賈クの背中に、曹魏の良心は控えめな声を投げた。

「きっと、来年の犠牲者筆頭は貴方ですよ・・・・・・」

万聖節まで、あと少し。