He loves you

R荀攸

「うっわぁ!ありがとうございます!」

廊下に嬉しそうな声が響いた。つられて目を向けると、我が国が誇る有能な軍師たちに混じって、ホウ徳が高々と手を上げていた。
掲げられているは、ひとつの人形。
赤い金魚のようなひらひらを見て、それがなんなのか凡その見当が付く。つい先日、俺は似たような人形を従兄弟の部屋で見ていた。

「それは賈クだな」
「夏侯惇将軍!」
「また荀攸が作ったのか。相変わらず器用だな。良く出来ている」
「そうなんですよ!本当に上手く出来てますよねっ」

ホウ徳はぎゅっと縫い包みの人形を抱き締める。敢えて無視して製作者に目を向けると、照れたような人の良い笑みが返された。

「喜んでいただけるなら幸いです」
「本当に公達は器用になんでも出来て、私などは尊敬します」
「そんな叔父上・・・」
「ちょっと待て!」
「賈ク殿?」
「それはなんだ?その人形はっ!?」
「私が作った賈ク殿がモデルの縫い包みです」
「どうですか、上手に出来ているでしょう?かなり似ていると思いますが」
「じ、荀ケ殿、荀攸殿、そういうことではなくて、」
「いいでしょ〜♪作ってもらったんですよ、俺だけの文和さんv」
「き、気色悪いこと抜かすなっ!寄越せっ!」
「イヤです」
「寄越せ!ホウ徳!!」

喚きながら軍師と将軍がぐるぐる鬼ごっこを始める。
長閑な景色を眺めていると、それまで黙っていた郭嘉が口を開いた。

「大の男が縫い包みなど貰って何が嬉しいんですか、馬鹿らしい」

空気を読まない一言に周囲がシンとなる。
思ったことをただ口にしただけで悪気などないと分かっているだけに、コイツの言葉は毎回始末が悪かった。

「あのなぁ、郭嘉。荀攸が作ったものが馬鹿らしいってことはないだろう?」
「荀攸殿が作られたものを馬鹿らしいと言ったわけではありません。ホウ徳が変でおかしいと言っているんです」

容赦ないダメージを受けたホウ徳が大袈裟にがっくりと膝を折った。それでも人形はしっかり抱いていて離さない。

「いい加減離せ、ホウ徳!」
「イヤですっ」
「縫い包みが欲しいだなんて女子供のようではありませんか、夏侯惇将軍」
「それは正論かもしれん。だがな、ホウ徳だってただの縫い包みフェチじゃないと思うぞ。あれは賈クの人形だからだ」
「何故?」
「・・・荀攸、おまえ孟徳にも縫い包み作らされただろう?」
「はい。先日城下で子供たちに人形を作ったのですが、それを殿がお聞き及びになったらしく、頼まれものを致しました」
「郭嘉の人形を、な」
「はい、そうです」
「は・・・?」
「俺、それを殿に見せていただいたから、どうしても文和さんを作って貰いたくて」
「勝手に変な頼みごとをするんじゃない!」
「・・・・・・」

再び始まった鬼ごっこを尻目に、郭嘉はむっつりと押し黙る。
暫く一人で蒼くなったり赤くなったりしながら一心に考え込んでいた我が国最高峰の軍師殿は、やがて眉を顰めたまま荀ケに向き直った。

「荀ケ殿、間違っているなら正していただきたいのですが」
「なんですか?」
「ホウ徳は、賈ク殿のことが好きなのですか?」
「・・・・・・・・・」

今度こそその場が凍りつく。
賈クは額に切れそうなほど青筋を立ててずかずかと行ってしまった。

「・・・気が付いてなかったんですか、軍祭酒殿?」
「・・・・・・」
「俺ってそんなに控えめ?」

とぼけるホウ徳に、肩を竦めて苦笑いを返してやる。郭嘉はその様子を驚いたように見ていたが、やがて小さく呟いた。

「・・・悪かった」

そのまま丞相府の方向へ踵を返す。遠ざかる真っ直ぐな背を眺めながら、荀ケがくすりと笑い声を立てた。

「相変わらずですね」
「どんな理論を組み立ててあの堅物がこの結論に達したのか、ぜひとも訊いてみたいところだな」
「奉孝を苛めないで下さいよ。殿には内緒ですからね、元譲殿」
「勿論だ。あいつをむやみに喜ばせてやることはない」

目を見交わして笑いあう。
荀攸が「今度は誰を作りましょうか?」と、楽しそうに付け足した。