【SRホウ徳とSR賈ク】
およそ一ヶ月前の今頃。
しつこいくらいにチョコレートを強請られた。
男の私がそんなものを買う義理すらないというのに。
直截な言葉を口にするかわりに、大型の犬みたいな目でこちらの様子をじっと伺う。
それはまるで、態度と表情から自分の気持ちを察してくれと言わんばかり。
だから。
城下へ下りて、一番人気だという店の、一番高いチョコレートを買った。
そしてそれを、荀ケ殿へ差し上げた。
甘いものが好きな荀ケ殿は、穏やかに微笑んで受け取ってくださった。
あの笑顔を見られただけでも、むさい大型犬に付き纏われたストレスがなくなるというもの。
そしてそれきり、そんな瑣末は忘れてしまっていたというのに。
「文和さん、ホワイトデーのお返し、何がいいですか?」
「お返しとはなんだ?私はお前に何もやってないのだから、返礼を受ける謂れなどないぞ」
「いえいえ、頂きましたよ。美味しいチョコレート」
「…寝惚けてるんじゃないか?」
「全然!荀ケ殿から、文和さんが買ったって言うチョコを頂きました」
「はぁ!?どういうことだソレは?荀ケ殿は私の贈ったものを、丸々お前に流したのか?!」」
「いいえ。お裾分けを頂いたんです」
「ほう…」
「だから、お返し何がいいですか?」
「話が見えん。どうしても返礼したいというのなら、荀ケ殿へするがいいだろう」
「嫌です。俺は文和さんにしたい」
「馬鹿かお前は。大体、甘いものが嫌いなくせに、どうしてチョコレートなんか食べたんだ?」
「あれ・・・?文和さん、俺が甘いもの嫌いって知ってたんですか?」
「・・・なんだ、そのにやけた顔は?」
「すみません、俺が間違ってました」
「・・・・・・分かればいい」
「はい。だから、ホワイトデー、お返しじゃなくて俺の気持ちをプレゼントします!」
にっこり笑う、大型の犬。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本気で底なしの馬鹿だった。
こういう相手は、論じるだけ無駄。
だから結局、
「・・・勝手にしろ」
罠に嵌められた気がするのは、気のせいにして目を閉じた。
【獅子猿断金】
ずっと昔。
バレンタインに手作りのチョコレートをくれと強請った。
少し困った顔をして、それでもアイツは願いを叶えてくれた。
なんでも完璧にこなせる周瑜。
もちろん、チョコレートだって最高に美味くて。
得意げに見せびらかしたら、権やオヤジまでが酷く羨ましそうにした。
ちょっと考えれば分かること。
そんなオヤジたちを、アイツが放っておくわけがない。
結局、バレンタインデーにはオフクロや尚香まで含めた俺の家族全員へ、周瑜のチョコレートが贈られることになった。
当然、ホワイトデーのお返しは、孫家のメンツそれぞれから。
毎年、毎年の繰り返し。
だから。
毎年、毎年、俺はないアタマで考える。
「孫策・・・それは、なんのつもりだ?」
「なにって、ホワイトデーのプレゼントだ。気に入らないか?」
「・・・だって、気に入るも何も・・・自分にリボンをかけて・・・?」
「ああ、そうだ。俺をやるよ」
「は?」
「宝玉の類ならオヤジには勝てない。美味いものならオフクロたちの手作りには勝てない。俺はずっと、普通の贈り物では分が悪かった。なぁ、周瑜。お前が俺の我侭に付き合ってくれてから、ちょうど10年目になるな」
「ああ・・・もうそんなになるんだな」
「そうだ。だから特別だ。お前に俺を全部やる。煮るなり焼くなり好きにしろ」
言いざまに、リボンを捲いた腕を差し出す。
笑われるか、かわされるかするのがオチかもしれないとちょっとだけ思った。
けれど。
「・・・それはおかしいよ、孫策」
「なんでだ?」
「だって、君がいるからこその私なのに。君自身を貰ったら、成り立たなくなってしまう」
ニコリともしない、大真面目な顔。
本気で困ったように愁眉を寄せて。
「・・・そっか。それもそうだな」
リボンを解いて、笑い返す。
目の前で、花が綻ぶような笑みが浮かんだ。
結局。
いつまで経っても、 俺はコイツに勝てそうにない。
【SR曹操とR郭嘉とR荀ケ】
室に入った途端、言い争う馴染んだ声が聞こえた。
「だから、何故私が殿に贈り物をしなければならないのです?」
「さっきも言っただろう。バレンタインデーにお前にチョコレートをやっただろうが」
「・・・それは、ただの差し入れでしょう?バレンタインデーとは、婦女子が贈り物をする日のはずです。荀ケ殿に忠告されたので、女官にはきちんと返礼をしています」
「なんだ、お前は女官と俺を差別するのか!」
「差別も何も・・・あ、荀ケ殿。兄(けい)からも言って下さい。私は間違ったことはしていません!」
少し怒ったような、真っ黒な眸に射抜かれる。
振り向いた殿は、演技過剰と思われるほど両肩を落とされた。
「荀ケ。郭嘉には俺の真心は通じんらしい。愛しいと思えばこそ、恥を忍んでチョコレートを贈ったと言うのに」
「なっ、なにを人聞きの悪いっ」
「本当のことだ」
「・・・奉考。殿にお礼をなさい」
「荀ケ殿!?」
「貴方だって義理かそうでないかの区別は付くでしょう?殿のお心を有難いと思うなら、ちゃんと貴方自身で考えた贈り物をなさい」
「・・・・・・」
軽く窘めると、意志の強い眉が困惑に顰められる。
不機嫌を露わにした殿をちらりと伺って、戸惑ったように目線が落とされた。
「・・・・・・でも、私はなにも用意していません」
『どうしたらいいのか分からない』
声にこそならなかったが、心のうちが白い面(おもて)にありありと浮かんでいる。
歩を進めて肩を撫でてやると、こちらを見つめている赤い眸と目が合った。
「・・・貴方の心があるならば、お酒を酌み交わすだけでもきっと殿はお喜びになります。そうですよね、殿?」
問いかけると、答えのかわりにゆるりと手が伸べられる。
まだ少し躊躇いがちに、それでも、傍らの人は差し出された手を取った。
空には描いたような望月。
開け放たれた扉から露台へ出ると、気付かれた殿がしいっと人差し指を立てた。
腕の中には、頬を赤くして眠り入る・・・
「・・・奉孝は酔い潰れたのですか」
「ああ、珍しくな。照れと罪悪感で飲み過ぎたらしい」
潜めた声で楽しそうに笑う。
得意げなその笑みに、呆れ返った溜息が零れた。
「大概になさってくださいよ」
「そう言うな。これからもよろしく頼むぞ、我が子房」
口の端がつり上がる、独特な威のある覇者の笑顔。
大変な人に魅入られた、大切な友を少し案じ。
それでも。
己が引き合わせた一対に、
自然と心からの笑みが浮かんだ。