いつでもそばに
「ここを、こうしては如何ですか」
「悪くはない。だが、この下手の隊はどう扱う?」

盤上を戦場に見立てて、父と子で策を出し合う。
実戦があるわけではなく、あくまでも架空のこと。
司馬懿にとっては他愛ない遊びだが、息子達、とりわけ師は目を輝かせて思案を重ねていた。
白い頬に朱がさして、ふだんは蝋人形のような美貌が活き活きと人間味を帯びている。
その隣にちょこんと座った昭は、盤上を見るふりをしながら兄の様子を目で追っていた。
綺麗だなぁと子供心に感心する。
そして、どうして自分とこんなに違うのだろうかと不思議に思う。
肌の色も髪の色も目の色も。
全然、似たところはない兄と自分。
こんなとき、もしかして自分はもらい子じゃないのかなどと考えてしまう。
だったら、少し悲しいかもしれない。
楽しそうに盤上を指し示す父をそっと見つめて、昭はきゅっと膝の上で拳を握った。
その途端、

「昭」

柔らかな声がかかる。
気づけば、師が真っ直ぐに昭を見つめていた。

「おまえはどう思う?次の手を教えて欲しい」

示された盤上を慌てて眺めると、小さく笑った司馬懿が簡単に状況を説明してくれた。

「え、えっと、…それなら、ここはどうですか?敵が数に頼るなら、こちらは少数の囮を作りましょう」

まったくの思いつきで是非など全然わからなかったが、とにかく何か言わなくてはと。
たどたどしく小さな手で指差しながら、一生懸命に答える。
弟の策を黙って聞いていた師は、答え終わってじっと伺ってくる昭に晴れやかな笑顔を見せた。

「そうだな、昭。おまえはやっぱり、私の弟だ」

繊細な手が、そっと栗色の髪を撫でる。
対面の司馬懿も、満足そうな表情を浮かべていた。

「あ、兄上、父上、昭はちゃんと出来ましたか?」
「ああ、私と同じ考えだ。父上、如何なものでしょうか」
「まぁ上出来であろう」

手放しで賞賛することのない司馬懿からの十分な言葉に、兄弟は目を見合わせて微笑んだ。

「では、父上。今度は違う問題を、」
「失礼いたします、司馬懿様。文帝からのお召しがかかっております。至急参内するようにと」

家令の控えめな声が、上機嫌に発せられた師の声に被さる。
司馬懿はまたかと小さく息をついて、手早く座から立ち上がった。
いってらっしゃいませと型どおりの言葉をかけて。
勉強会もお仕舞いだと座を立ちかけた昭は、膝の上の手をぎゅっと握られて目を瞬いた。
隣を見れば、先ほどまでの笑顔を消し去った師が、司馬懿の出て行った先を睨むように見つめていた。

「昭」
「はい」
「私はいつか必ず頂点に立つ」
「兄上?」
「だから、おまえは私の傍にいろ」

蒼みがかった双眸がゆっくりと向けられる。
握られた手を強く握り返して、昭は太陽のように朗らかに笑った。

「当たり前です、兄上。昭は、どんなときでも兄上のお傍にいます。だから兄上も、昭を見捨てないでくださいね!」
「…馬鹿め」

表情を緩めた師が、ぷいっとそっぽを向く。

肌の色も髪の色も目の色も。
全然、似たところはないけれど。
たったひとりの大切な兄上。
兄上が必要としてくださるのなら、自分はいつだって兄上のお傍にいます。

いつだって思っていることを口にしかけて、なんだか急に気恥ずかしくなってやめておく。
それでも繋いだ手のぬくもりが嬉しくて、昭は怒られるまで師の手を握り続けた。