きれいなひと
兄上は滅多に表情を変えない。
父上譲りの綺麗な黒髪、青みがかった黒い眸に滑らかな白い肌。
まるで人形みたいに整いすぎた容姿で、ただでさえ見る者を圧倒するってのに。
そんな人が滅多に表情を変えず、笑ったかと思えば嘲笑だったり。
これまた父上譲りの抜群の頭の良さで、言葉にも容赦がないから本当に手に負えない。
兄上に認められるには、よっぽどの才能がないとダメだろう。
少なくともそれに該当出来る人物としては、父上以外に心当たりがない。
それさえも兄上は、素直に認めはしないけど。
とにかく、飛び抜けて綺麗で優雅で頭も良くて。
完璧な兄上に憧れる奴らはたくさんいる。
けど、近づいてこれる奴なんて皆無に等しい。
憧憬と同じくらいの畏怖に打ち拉がれるのだと、諸葛誕などは言ってたっけ。
確かに、この顔に無表情に見つめられただけで、度胸のない奴は狼狽するかもしれない。

「昭」

本当に、人形みたいな人だ。
声だって、とてもとても、心地良いし。

「昭」
「……」
「昭!聞いているのか?」
「へっ!?」

吊り上がった眸が、ぎっとこちらを睨んでいる。
しまった、うっかりトリップしてた。
だって、これまた父上譲りで、兄上の説教はとても長い。
きっと間抜けに見えるだろう笑みを浮かべると、目の前の顔が不機嫌に歪んだ。

「まったく、おまえという奴は…」
「すみません。反省してます。同じ間違いは二度と犯しません」
「当たり前だろう」

軽く溜息を吐いて。

「おまえは私の弟なのだからな」

さっくりと言い切る。
聞きようによっては、いや、聞いたまんまの不遜な言葉。
けど、俺は臆したりしない。
だって、そう言った兄上の表情が、とても穏やかで優しいから。
無意識なのかな。
無意識だといい。

「兄上、大好きですよ」
「またおまえは脈絡のない…」
「でも、今、言いたかったんです。俺、兄上のことすっごく好きだから」

言い募ると、兄上は笑う。
もちろん嘲笑じゃない、近しい者だけに見せるとっておきの微笑み。

「馬鹿だな、おまえは」
「へへへ」

兄上は滅多に表情を変えない。
けど、俺にはいろんな表情を見せてくれる。
それが”弟”だからなんだとしても、特権は余すことなく享受するし。
ただ享受するだけじゃなく、活用するべきだとも知っている。

白い手が伸びて、子供にするように髪を撫でる。
甘んじて受けながら、真っ直ぐに黒眸を見返した。