たまには その後
「う…?」

胸の上を圧迫する重みを感じて、三成は目を開いた。
視界に映るのは、暗い闇。
それと。

「さ、左近?!」

声をあげた途端、つきりとこめかみに痛みが走る。
思わず眉を寄せた三成を見て、胸に圧し掛かっている男は溜息をついた。

「飲みすぎましたな、殿。弱いのですから、ほどほどになさらないと」
「わ、わかっている、いや、そうではなく、な、なんだ、この体勢は?」
「こうまでされて気がつかれないなど、左近は本当に心配ですよ。いったい、どれだけ飲まれたんですか」

徐々に闇に慣れた目に、不快を滲ませた黒い眸が映りこむ。
三成は急に心許なくなって、意味もなく自分の襟元を握り締めた。

「そ、そんなに飲んでない、と思う。だが、秀吉様が、孫策らが持ってきた江東の白酒を強く勧めるから、…それは飲んだ」
「白酒、ね。日本のとは種類が違うんですよ。喉が焼けたでしょう」
「確かにそんな感じがした。仕方なかったのだ。…左近、何を怒っている?」

おずおずと見上げてくる三成には、ふだんの冷淡さはわずかもない。
まるで子供のようなその様子に、左近は再び溜息をついた。
呆れられる、嫌われる。
そんな恐ろしい言葉が脳裏を過ぎって、三成は顔を強張らせた。

「殿…そんな緊張しないでください。なにも取って喰いやしませんよ」
「だ、だが、」
「左近は殿を心配してるんです。戦国の乱世でなくても、この異世界も乱世に変わりない。あまりにも無防備ではお命に関りますよ」
「う、うむ」
「どうせ、徐晃さんに抱きかかえられて部屋まで運ばれたことも覚えてらっしゃらないんでしょう?」
「え?」
「後でちゃんと礼を言ってくださいよ。それから、今日はお傍に居られなかった俺が悪いんですがね。これからは、左近が居ない場所で、あまり酒を飲み過ぎないように」

鹿爪らしく小言を言う左近だが、三成はその言葉の半分も聞いていなかった。
確かに、何か言わなくてはと憤って、徐晃の部屋を目指していた記憶はある。
だが、徐晃に会ったかどうかも曖昧で、目が覚めたら自室にいたのだ。
左近の言うことは事実なのだろう。
抱きかかえられて運ばれたというのは失態だ。
だが、今はそれよりも。

「左近!」
「なんです」
「俺が他の男に抱かれるのは嫌か?」
「………」
「左近?」
「あーもう、黙って寝てください、酔っ払い」
「酔ってなどない!」
「酔っ払いは皆そう言いますよ」

いつの間にか傍らに正座していた左近は、掛け布を引っ張ると三成にそっと被せた。

「肩を冷やさないように」
「左近!」
「…嫌に決まってるでしょう。ホント、子供みたいなこと言わないでくださいよ。俺は意外と心が狭いんです。可笑しなこと言ってると、殿を苛めますよ?」

近づいてきた顔が、ニッと笑う。
その顔を見返して、三成は唇を尖らせた。

「別にいい。左近なら」

意地悪げだった表情から、驚いたように余裕が消える。
それを目に入れて、三成は満足そうに微笑んだ。
こめかみがずきずきと痛むが構わない。
細い腕をさし伸ばし、黒髪の流れる肩を抱き寄せた。


不覚にも失態を犯したが。
その結果が、左近のこの言動なら釣りがくる。
明日、どうやって徐晃に礼を言えばいいだろうと。
三成は満たされた気持ちで、朴訥な異国の将を思い浮かべた。