たまには その後
非常に分かり難い酔っ払いを部屋へ運んだ後。
徐晃は自室で再び書を開いていた。
三成にはああ言ったが、中途半端な箇所で読みさしたため、とりあえず切りの良いところまで進めておこうと律儀に思う。
だが、幾許も進まないうちに、再びすぱん!と勢い良く襖が開かれた。

「司馬懿殿。こんな夜更けにいかがなされた?」

既視感に驚いて目を上げると、口元を歪めた司馬懿が無言のまま部屋へ入ってきた。
そのまま徐晃から一間程の距離をとって腰を下ろし、不機嫌そうに口を開く。

「別に。…いや、徐晃殿が態もない酔っ払いを部屋まで送り届けたと聞いて、労いにきただけだ」
「はぁ」

随分と話が早く伝わったものだと、多少意外に思って徐晃は気の抜けた返事をした。
それほど、多くの人間に見られていただろうか。
司馬懿に何か言われるとしても、精々明日だろうと踏んでいた。
その微妙な様子が癪に障ったのか、司馬懿はいっそう視線を厳しくした。

「心此処にあらずのようだな。あの狐は、見目だけは頭抜けて優れているからな」
「……」
「…徐晃殿?」

不貞腐れた司馬懿は、自分が何を言ったかまったく気づいてない様子。
徐晃は思惑どおりになって嬉しく思う反面、予想が的中しすぎて少し申し訳ない気分になった。
だが、せっかくの機会。
ふだんは言わずにいた言葉を募っておく。

「それを言うなら、拙者は島殿ほど頭脳が優れておらぬでござるよ」
「……?」
「石田殿は確かに秀麗な方でござるが、それなら司馬懿殿も同じ。拙者と島殿のほうが、遠いでござる」
「………」

緩く首を振って見せると、司馬懿は口を噤んだ。
良く回る頭で、言われた言葉を吟味しているのだろう。
やがて眦を朱に染めると、じりじりとにじり寄ってきた。

「馬鹿めが。そのようなこと気にするな、徐晃殿らしくない」
「ですがまったく気にしないほど、拙者は図太くないでござる」
「…まさか、酔っているのか?」
「確かに。石田殿の酒気に中てられたかもしれませぬな」
「……い、嫌な思いをさせたのならすまぬ。私が頼りにするのは、…徐晃殿が、一番だ」

傍まで来た司馬懿が、言い難そうに口にする。
素面ではいっぱいいっぱいだろうその姿に、徐晃は降参して優しく微笑んだ。

「何も嫌ではござらぬ。司馬懿殿がお元気で傍に居てくださるなら」
「そ、それは勿論。それに、傍に居るというなら、徐晃殿こそ誰からも好かれるではないか。現に、あの人見知りが激しそうな狐も」
「石田殿は、たぶん、拙者と真田殿を同類と思っているのでござるよ」
「真田…」
「ええ」
「そ、うか」

耳朶を赤くして俯いてしまった司馬懿を見つめる。
遠慮がちに伸ばされた白い手を、そっと武骨な手で握り返した。


文机の上の読みさしの書。
また改めて読み直せばよいと思いつつ。
そういえば、少しは三成の助勢になれただろうかと。
徐晃は穏やかな気持ちで、怜悧な異国の将を思い浮かべた。